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2008年 01月 29日
きっとどこかでそれが杞憂ではなく、期待感にかわってしまっているのだ。それは、単純に好奇心から。そして、自分に共感して欲しいと言う欲求から。それは罪じゃない。罪じゃないが、あまりよろしくないことだ。(世間的に?人道的に?いやその基準にはいったいどんな確証があるのか、、、) けれどいくらかの大義名分を盾にする事だってできる。もしそんな時代が来てしまったときのために、対応できるよう研究しているのだ、という。 それにしては中途半端な立場を取っているじゃないか。 そうかもしれない。これではただのひねくれたモラトリアムだ。 精一杯の葛藤の結果。どうすればいいのだろう。 きっとずっと葛藤し、疑問と批判を浴びせられ続ける。 まあせめてそんな価値をみいだせればだけど つづく # by no-and-where | 2008-01-29 00:03
2007年 11月 30日
人が、なにか意味の無い、とりとめないことを考えることはとても美しいことなんじゃないかと思う。人の言動や、物事の意味を考えるとき、(学問的にでなく、あぁなんでこうなんだろうといった素朴なもの)自分が生きる意味を考えるとき、そんな意味なんて無いのに、明確な答えなんてでないかもしれないのに、あれこれ思いを馳せてしまう。ゆるやかに、時には破滅的になるまで。 他の生命体と決定的に違うことはそこなんだろう(動物も考えてるかもしれないけど) どうしてこういう風に構成しちゃったのか。永遠の謎ですね。 あーでもうじうじ考えてる自分は厄介だー。意味の無いことについて永遠思考できても、それが何かを生み出している確証がもてないことに焦ってしまう。 私たちは何かを得るために何かをすることが常識になりすぎている。 本当はそんなの重要じゃないはずなんだ。 そんなことを言う人はのけ者にされるだけだろう。 私はわりかしのけ者にされる側ではなくする側にまわる人だ。うまく生きていくために。 2007年 11月 13日
こんなに気持ちのよい秋晴れなのに、どうしてこんなことを思えるのか これがなんなのか 永遠にわからない気がする どうして きっと一生捕われることになるんだろう 寧ろ捕われていたい、まとわりついてくる どこまでも そうであってほしい なぜか きっと書いたことも後悔する そして忘れてしまう まわりつづける それがいい 2007年 10月 21日
何か文字にしないといけない衝動に駆られてつくったものの、書くことに躊躇してしまう。いったいどのようなことを?何のために?web上に残すのか。そんな難しいことは考えなくとも、単に思ったことを文章にして自分を客観したり整頓するため。そのためのひとつのツール。自分のため。そしてそこには誰かに読んでもらいたい、いやあまり読まれたくないという矛盾があって、それがブログ上に書く、という選択になったというわけ。 あーあ、こんなこと書かなくてもいいのに。 でもこれがおもしろいところ。文章を書く媒体によって自分の立場(?じゃないけど、なんだろ)を変えるのは自然なことだろうけれど、snsで書く自分、論文(稚拙な…)を書く自分、ブログで書く自分、その差異は確実にあるわけで、それを適切に使い分けることができるようになると、ある種の大人と呼ばれるようになるだろうか。それとも、その差異はキャラ化(主に最近の若い人の対人関係の傾向、らしい)なのか? いまいちその辺理解してないなぁ。気になるところ。 |
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